潤英祭2018無事終了しました!
12年振りの開催ってわけがわからんかったと思いますので、なんでこんなことになったのか、最後にちょっと長文で語らせてください。サイト無期限休止の置き土産としては重すぎる上読んでも意味わかんないかもしれないけど。


まず誤解もあるようなので一応主張しておきたいのですが、潤英祭やるのが12年振りってだけで、このサイトずっとここにあるしメインジャンルから笛外したことないし、たまーに更新もしていたんですよ(一時期それすら止まってたのは概ねサムライファイトのせい)

ただこの12年の間、笛の公式の様々な動きに対してうまく反応できずにいました。他でもない原作者の手によって彼らの情報が上書きされている状況に向き合うことができず、かといって無視などできるはずもなく、それを受け入れて盛り上がってる真っ当なファンとの温度差に自己嫌悪が極まり、笛について全く語れなくなるほどに、本気で思い詰めていました。日記なんかで折に触れて時の流れを話題にしてきましたが、それらが年を重ねていく笛キャラに対するある種の恨み節であったことは否定できません。
一方でホイッスル!という作品はそういう正史のリアルタイム性が大きな特色であり魅力だと思っています。それが当時その時代を描こうとした樋口先生の意図だったことも知ってる。だから彼らは今も生きて年齢を重ねているのだ。
だけど本当に単純に、ずっと中学生の彼らのことだけを見て考えていたい私はその事実に年々精神が削られていくんです。(進行形)

私はあまりにも好き勝手に脳内設定作りすぎてる自覚あるけど、心のどこかで彼らの存在を「本当のこと」だと信じたい。
例えばロッサ時代とソウルでの再会以外でトリオと潤慶の4人が揃っている絵は公式に描かれていなくて、その物理的な距離が徹底されているわけです。そういうきちんとした整合性こそが、彼らが実際に生きてることの証じゃないですか。(なんかおかしいこと言ってるけど雰囲気で聞いてくれ)だからさ、現在の彼らはやっぱりもう大人だってことは分かってるんです。

12年振りの潤英祭開催は、1/26の更新で少し触れた通りサカつくコラボがきっかけだったんですが、再熱とかそういうことではなく、落としどころというか、どうしようもない感情の持っていき場を得たような気がして、間違いに気付き、これだけの期間これだけ溜めこんで拗らせたものをようやく解放できたという感じです。
自分でも意味が分からないしウソみたいだよ。

まがりなりにも公式で2017年に中学生やってる彼らの姿にほっとして、現代で中学生やってる連中描くときは「サカつくコラボの世界線です」で説明がつくじゃん!と思うと同時に、何故自分は中学生の彼らを今の時代に合わせようとしていたのか、そこから間違っていたんじゃないかとやっと気づきました。副都心線の開通に頭を抱える必要なんてなかった。中学生であることに固執するあまりそれに気付くのに12年もかかってしまった。
だからそういうの全部込めて潤英祭2018をやろうと思いました。

で、やりました。


全ては私の笛創作における葛藤の話なので、余所の作品ではそんなことぶっちぎって潤慶はどんどん日本に遊びに来てくれたら嬉しいしLINEで繋がってればいいと思うし郭英士は受。

潤英祭2018、お付き合いいただきありがとうございましたー!!!

2018.2.20 三枝